私を生かしておる力というものに帰っていく歩み それが仏道(2021年法語カレンダー1月)
私を生かしておる力というものに帰っていく歩み それが仏道
最近はお墓への納骨だけでなく「散骨」というものが流行っているそうです。散骨の是非は別として、死んだ後に海に帰って行くというのは生き物としては至極当然なことではあります。私達の人間も含め、生物のルーツは海中の小さな生物でした。近年の研究で「ナメクジウオ」という海に住むナメクジのような生き物が脊椎動物の祖先であると分かってきたそうです。こんな実はこのナメクジのような生き物がもつ、遺伝子の90%が私達人間と共通であるというのですから、驚きです。そのような生き物が進化し陸に上がり私達の祖先になりました。そして今の私達の生活を考えても海は欠くことができない偉大なものなのです。魚を食べるだけでなく、水蒸気の元になる海がなければ雨も降りませんし、川も流れません。そして雨が降れば地上の様々な成分はまた海へと帰っていくのです。
ご和讃でも海という漢字は良く登場します。
名号不思議の海水は
逆謗屍骸もどどまらず
衆悪の万川帰しぬれば
功徳のうしおに一味なり
という一首が高僧和讃にもありますが、阿弥陀様の大きな大きな慈悲の心を海の水として表され、どんな愚かな私達であっても、阿弥陀様のお救いを信じて、その流れに身を任せば、阿弥陀様の大きな慈悲の海にたどり着き、その大きな海ではもう愚かな私達など関係なくなってしまうと言った内容のご和讃ではないでしょうか。
そして今月の法語ですが、私達は一見私自身の力で生きているように感じますが、私達自身の力で生きることなど到底不可能なのです。現実でも海が急に無くなってしまえば水を確保することなどできなくなってしまうのです。人間関係でも同じことが言えると思います。私達を活かしてくれているものの存在が分かれば分かるほど、それらを大切にしていこうと思うのです。そして阿弥陀様のお心に気付いて大切にしていこうと思った時に私達ができることがお念仏なのです。
